④-6フェアとは何か(会社における公平)

会社との付き合い方

会社員は「不公平」に敏感である

なんであの人だけ許されるのか。

自分ばかり損をしている。

会社は公平じゃない。

同じ社員なのに扱いが違う。

フェアって結局何なのか。

会社員として働いていると、不公平に見える場面は多い。

評価が違う。
仕事量が違う。
異動する人としない人がいる。
休みやすい人と休みにくい人がいる。
昇進する人としない人がいる。
注意される人と、なぜか注意されない人がいる。

こういう場面を見ると、モヤモヤする。

自分だけ損をしているように感じる。
真面目にやるほど割を食っている気がする。
会社は見ているようで、実は見ていないのではないかと思う。

この感覚は自然である。

会社の中では、評価、給与、昇進、異動、仕事量、休みやすさ、上司からの扱いが、自分の生活や将来に直接関わる。

だから、「公平に扱われているか」は気になる。

ただし、ここで難しいのは、従業員が感じるフェアと、会社が考えるフェアが必ずしも同じではないことだ。

従業員は、自分の感覚でフェアを見る。

自分だけ損していないか。
頑張りが見られているか。
あの人だけ得していないか。
説明されているか。
納得できるか。

一方で、会社は別の基準でフェアを見る。

制度に合っているか。
前例と整合しているか。
他の社員に説明できるか。
リスクがないか。
特例扱いにならないか。
役割に応じているか。

この二つはズレる。

だから、会社では「不公平に感じること」が起きやすい。

ここで必要なのは、不公平感をなかったことにすることではない。

自分にとってつらいと感じることと、現状を冷静に確認することを分けることである。

感情として納得できない。
それはそれでよい。

そのうえで、会社は何を基準に判断しているのかを見る。

この両面を見る姿勢が、会社におけるフェアを考える入口になる。

フェアは、平等ではない

フェアという言葉は、平等と混同されやすい。

全員を同じように扱うこと。
全員に同じ仕事量を配ること。
全員に同じ評価基準を当てること。
全員に同じルールを適用すること。

たしかに、それも公平の一部である。

しかし、会社におけるフェアは、単純な平等とは違う。

全員を同じ扱いにすることが、必ずしもフェアとは限らない。

なぜなら、会社の中では、役割が違うからだ。

責任が違う。
職位が違う。
雇用形態が違う。
経験が違う。
担当業務が違う。
期待されている成果が違う。
置かれている状況も違う。

同じ部署にいる二人でも、任されている役割が違えば、評価の見方は変わる。

一人は定型業務を安定して回す役割かもしれない。
もう一人は、新しい仕組みを作る役割かもしれない。

同じ時間働いていても、会社が見ている成果は違う。

休みの取り方も同じである。

全員が同じ日数の有給休暇を持っていても、家庭事情、体調、業務状況、代替要員の有無によって、休みやすさは変わる。

それをすべて同じに扱うことが、本当にフェアとは限らない。

だから、扱いが違うこと自体は、必ずしも不公平ではない。

問題は、その違いを説明できるかである。

役割が違うから扱いが違う。
責任が違うから評価が違う。
状況が違うから対応が違う。
リスクが違うから判断が違う。

こう説明できるなら、扱いの違いはフェアの範囲に入ることがある。

逆に、説明できない違いは、不公平に見えやすい。

上司のお気に入りだから。
声が大きい人だけ通るから。
黙っている人に仕事が集まるから。
過去から何となくそうなっているから。
誰も理由を説明できないから。

こうなると、従業員は不公平を感じる。

フェアとは、全員を同じに扱うことだけではない。

違う扱いをするなら、その違いを説明できること。

ここが重要である。

フェアとは、物事を両面から見ることでもある

会社におけるフェアを考えるとき、もう一つ大事な視点がある。

物事には、ほとんどの場合、表と裏があるということだ。

メリットとデメリット。
責任と報酬。
権限と制約。
建前と本音。
個人の納得と会社の説明可能性。
自分にとっての不公平感と、制度としての公平性。

どちらか一方だけを見ると、見え方は偏る。

昇進には、良い面がある。

役職が上がる。
経験が増える。
裁量も広がる。
将来の選択肢につながることもある。

一方で、負荷も増える。

責任が増える。
部下を見る。
説明責任が増える。
生活への影響も出る。

片方だけを見れば、昇進は成功にも罰ゲームにも見える。

しかし、実際には両方ある。

責任も同じである。

責任を持つから信頼される。
任されるから経験が積める。
自分の仕事に意味が生まれる。

一方で、権限がないまま責任だけ増えるとつらくなる。
責任感が強すぎると、必要以上に背負い込む。

ここにも両面がある。

会社との距離感も同じである。

会社に近づきすぎると、評価や異動で傷つきやすい。
会社を敵視しすぎると、働き続けること自体がつらくなる。

遠すぎても近すぎても苦しい。

だから、距離感が必要になる。

会社員として向き合う物事には、ほとんどの場合、陰と陽、裏と表がある。

自分にとってつらい面だけを見ると、会社は冷たく見える。
会社側の論理だけを見ると、従業員の感情が見えなくなる。

どちらか一方だけでは足りない。

フェアとは、全員を同じ扱いにすることだけではない。

自分にとって都合のよい面だけでなく、都合の悪い面も含めて、物事を両面から見る姿勢でもある。

これは、バランスと言い換えてもよい。

感情を消すことではない。
会社側に寄ることでもない。
自分の不満を我慢することでもない。

つらいと感じる自分を認めたうえで、同時に現状を冷静に見る。

この二つを同時に持つことが、会社でフェアを考えるうえでは重要になる。

会社が見るフェアの基準

会社がフェアを考えるとき、最初に見るのは個人の納得だけではない。

会社は、制度、前例、説明可能性、リスク、役割を見る。

まず、制度に合っているか。

就業規則、評価制度、賃金制度、休職制度、異動ルール、労働時間管理、決裁規程。

会社には制度がある。

会社の判断は、基本的にはその制度の中で行われる。

個人の事情があっても、制度から大きく外れる対応はしにくい。

一人に認めた対応は、他の社員にも説明する必要が出るからだ。

次に、前例と整合しているか。

過去に同じようなケースでどう扱ったか。
似た事情の社員にどう対応したか。
以前は認めなかったものを、今回はなぜ認めるのか。

会社は前例を気にする。

前例を気にしすぎると硬直的になる。
しかし、前例を無視すると、場当たり的な判断に見える。

だから、会社は前例との整合性を見る。

そして、他の社員に説明できるか。

これは会社にとってかなり重要である。

特定の社員だけ特別扱いしていないか。
同じような状況の社員に同じ説明ができるか。
なぜその判断になったのかを、第三者にも説明できるか。

説明できない判断は、組織内の不信感につながる。

さらに、リスクがないか。

法令違反にならないか。
労務トラブルにならないか。
ハラスメントと受け取られないか。
情報漏えいにつながらないか。
安全上の問題がないか。
会社の信用を損なわないか。

従業員からすると冷たく見える判断でも、会社側ではリスク回避として判断していることがある。

最後に、役割に応じているか。

管理職と非管理職では責任が違う。
正社員とパートでは契約が違う。
若手と中堅では任される範囲が違う。
専門職と管理職では見られる基準が違う。

役割が違えば、扱いが違うこともある。

会社が見るフェアは、感情的な平等ではない。

制度に合っているか。
前例と整合しているか。
他の社員に説明できるか。
リスクがないか。
特例扱いにならないか。
役割に応じているか。

こうした基準の中で判断される。

それが、会社側のフェアである。

従業員が感じるフェアの基準

一方で、従業員が感じるフェアは、もっと生活感に近い。

自分だけ損していないか。

頑張りが見られているか。

あの人だけ得していないか。

ちゃんと説明されているか。

納得できるか。

この感覚も重要である。

会社側の制度や前例がどれだけ整っていても、従業員が納得できないことはある。

たとえば、仕事量である。

同じ部署にいるのに、自分だけ仕事が多い。
困った案件ばかり自分に来る。
休む人のフォローをいつも自分がしている。
できる人にだけ仕事が集まる。

会社側から見ると、能力や経験に応じた配置かもしれない。
現場を回すために、安定した人に任せているのかもしれない。
上司としては信頼しているから頼んでいるのかもしれない。

しかし、本人からすると不公平に感じる。

評価も同じである。

自分は真面目にやっている。
トラブルも起こしていない。
周囲のフォローもしている。
それなのに評価が上がらない。

一方で、目立つ仕事をした人だけが評価される。
声が大きい人が評価される。
上司に見えやすい仕事をした人が評価される。

そう見えると、納得しにくい。

休職者や時短勤務者への対応もそうである。

会社としては、制度に基づいて配慮する必要がある。
本人の健康や生活を守る必要もある。
法令や労務リスクもある。

一方で、その分のフォローをする周囲は大変になる。

制度上は正しい。
会社としても必要な対応である。
しかし、現場で支える人はつらい。

この感覚を、単なるわがままとして切り捨てるのは違う。

従業員が感じるフェアには、実感がある。

自分の生活がある。
自分の業務量がある。
自分の評価がある。
自分の健康がある。

だから、不公平感は軽く扱えない。

ただし、従業員側のフェアは、自分の見える範囲に左右されやすい。

相手の事情をすべて知っているわけではない。
会社側の判断背景をすべて知っているわけでもない。
評価制度や人事判断の全体像が見えるわけでもない。

見えている情報だけで判断すると、偏ることがある。

だから、従業員が感じるフェアと、会社が考えるフェアはズレやすい。

このズレを前提にした方がよい。

不公平感が生まれる最大の理由は説明不足である

会社で不公平感が生まれる理由は、制度そのものだけではない。

むしろ、説明不足によって不公平感が大きくなることが多い。

なぜその評価なのか分からない。

なぜその人だけ配慮されるのか分からない。

なぜ自分に仕事が集まるのか分からない。

なぜあの人は注意されないのか分からない。

なぜ異動する人としない人がいるのか分からない。

判断の背景が見えないと、人は感情で補完する。

あの人だけ優遇されているのではないか。
自分は軽く扱われているのではないか。
上司は見て見ぬふりをしているのではないか。
会社は真面目な人にだけ負担を押しつけているのではないか。

こう考え始める。

もちろん、会社がすべてを説明できるわけではない。

人事情報には守秘性がある。
個人の事情は周囲に開示できない。
評価や異動の背景も、すべて本人に説明できるとは限らない。
経営判断にも、言えない情報がある。

だから、完全な説明は難しい。

しかし、何も説明しないと、不信感が広がる。

会社は制度で動いているつもりでも、従業員には恣意的に見える。
上司は配慮しているつもりでも、周囲には不公平に見える。
人事はリスクを見て判断しているつもりでも、本人には冷たく見える。

説明が足りないと、会社側のフェアは従業員に届かない。

会社に必要なのは、制度だけではない。

説明である。

なぜその判断なのか。
どの基準で見ているのか。
どこまでが制度上の限界なのか。
何は話せて、何は話せないのか。
今後どうしていくのか。

説明できる範囲で説明する。

それだけでも、不公平感は少し変わる。

従業員側も同じである。

不公平だと感じたとき、いきなり怒りをぶつけるより、まず説明を求めた方がよい。

なぜこの評価なのか。
自分に期待されている役割は何か。
この業務量は一時的なものか、継続的なものか。
フォロー業務はどこまでが自分の役割なのか。
この判断は制度上のものか、上司の裁量なのか。

感情を否定する必要はない。

ただし、感情だけで終わらせず、説明可能性を確認する。

これが、会社におけるフェアを考える現実的な方法である。

フェアな判断が、誰も幸せにしないこともある

ここで少し厄介なことがある。

フェアな判断だからといって、全員が満足するとは限らない。

制度上は正しい。
前例とも合っている。
他の社員にも説明できる。
リスクも低い。
役割にも応じている。

それでも、本人は納得できないことがある。

たとえば、異動である。

会社としては、人員配置上必要な異動かもしれない。
本人の経験や将来を考えた配置かもしれない。
組織全体では妥当な判断かもしれない。

しかし、本人の生活には大きな影響が出る。

家族。
通勤。
住居。
健康。
子育て。
介護。
本人の希望。

これらとぶつかることがある。

会社としては説明可能でも、本人にとってはつらい。

評価も同じである。

制度上、相対評価である。
評価原資に限りがある。
上位評価の枠が決まっている。
他の社員との比較もある。

会社としてはフェアに処理しているつもりでも、本人は納得できないことがある。

休職者や時短勤務者への対応もそうである。

会社としては必要な配慮である。
制度上も正しい。
労務リスクを考えても妥当である。

しかし、その分のフォローをする周囲には負荷がかかる。

制度上正しくても、個人にはつらいことがある。

会社のフェアと、個人の満足は一致しない。

ここを理解しておかないと、会社に対する期待がズレる。

フェアなら納得できるはずだ。
公平なら全員が満足するはずだ。
正しい判断なら誰も傷つかないはずだ。

そうとは限らない。

フェアな判断でも、誰かに負荷はかかる。
制度上正しくても、個人にはつらいことがある。
全体最適として妥当でも、部分的には痛みが出る。

だから、フェアを考えるときは、満足と公平を分ける必要がある。

納得できないから不公平とは限らない。
説明可能だから本人が満足するとも限らない。

この両方を見ないと、会社の判断は理解しにくい。

不公平だと感じたときに見るべきこと

不公平だと感じたとき、まず感情が出る。

なぜ自分だけなのか。
なぜあの人は許されるのか。
なぜ会社は見てくれないのか。
なぜ同じ社員なのに扱いが違うのか。

それは自然である。

その感情は、無理に消さなくてよい。

ただし、そのまま判断すると、見誤ることがある。

不公平だと感じたときは、いくつか確認した方がよい。

まず、制度上はどうなっているのか。

評価制度ではどう扱われるのか。
就業規則上はどうなっているのか。
休暇制度や休職制度はどう定められているのか。
異動や配置は会社の権限としてどう扱われているのか。

制度を知らないまま不公平だと感じると、会社の判断理由が見えない。

次に、前例と整合しているのか。

過去にも同じような対応があったのか。
今回だけ特別なのか。
同じ事情の人に同じような対応がされているのか。
前例から外れているなら、理由はあるのか。

前例と違う扱いがあるなら、説明が必要になる。

次に、役割が違うのではないか。

管理職と非管理職。
若手と中堅。
担当者と責任者。
専門職と総合職。
正社員とパート。
育成対象と即戦力。

役割が違えば、期待も評価も変わる。

扱いの違いが役割に基づくものなのかを見る必要がある。

最後に、説明可能な判断なのか。

他の社員にも説明できる判断なのか。
本人に対して説明できる判断なのか。
会社として筋が通っているのか。
上司が自分の言葉で説明できるのか。

ここが曖昧だと、不公平感は残る。

もちろん、すべての情報を開示できるわけではない。

しかし、説明できる範囲で説明されているかは重要である。

不公平だと感じたら、感情をぶつける前に、説明を求める。

これは弱い対応ではない。

会社の判断を構造で確認するための対応である。

会社員が取るべき視点

会社員がフェアを考えるとき、まず自分の感情を否定しない方がよい。

不公平だと感じる。
納得できない。
自分ばかり損をしている気がする。
あの人だけ得しているように見える。

そう感じることはある。

感情を消す必要はない。

しかし、感情だけで会社を見ると、つらくなる。

会社は何を基準にしているのか。
制度上はどうなっているのか。
前例はあるのか。
役割の違いはあるのか。
リスクを見ているのか。
説明可能な判断なのか。

ここを見る。

会社側に寄るためではない。
自分を納得させるためだけでもない。

状況を正しく見るためである。

物事には、表と裏がある。

自分にとって損に見える判断にも、会社側の理由があることがある。
会社側にとって妥当に見える判断にも、現場の負荷が隠れていることがある。
制度上正しい対応にも、周囲の不満が生まれることがある。
個人の不満にも、会社が見落としている重要なサインが含まれていることがある。

どちらか一方だけを見ない。

これがフェアである。

会社に対しても、自分に対しても、同じである。

会社を一方的に悪者にしない。
従業員の感情も軽く扱わない。
制度だけで片づけない。
感情だけで判断しない。

このバランスを持つ。

会社員として長く働くには、この見方がかなり重要である。

フェアとは、全員を満足させることではない

会社におけるフェアとは、全員を同じ扱いにすることではない。

全員を満足させることでもない。

会社におけるフェアとは、説明可能な判断を積み上げることである。

制度に合っているか。
前例と整合しているか。
他の社員に説明できるか。
リスクを見ているか。
役割に応じているか。

この基準の中で判断する。

ただし、それだけでは足りない。

従業員側の感情もある。

自分だけ損していないか。
頑張りが見られているか。
あの人だけ得していないか。
説明されているか。
納得できるか。

この感覚も無視してはいけない。

会社のフェアと、従業員が感じるフェアはズレる。

だからこそ、説明が必要になる。

説明がなければ、人は感情で補完する。
感情で補完されると、不信感が広がる。
不信感が広がると、同じ判断でも不公平に見える。

会社に必要なのは、制度だけではない。

説明である。

そして、会社員に必要なのは、感情を持ちながらも、状況を冷静に確認する姿勢である。

フェアとは、平等だけではない。

物事の片面だけを見ず、表と裏、メリットとデメリット、感情と構造、個人の納得と会社の説明可能性を同時に見ることである。

それは、簡単なことではない。

不公平だと感じるとき、人はどうしても自分のつらさに引っ張られる。

それでも、もう一面を見る。

会社側の理屈を見る。
制度を見る。
役割を見る。
前例を見る。
説明可能性を見る。

そのうえで、必要なら説明を求める。

感情を押し殺すのではない。
感情だけで終わらせない。

ここに、会社員としてのフェアな見方がある。

次の記事では、会社員として諦めるべきことと、諦めなくていいことを扱う。

フェアに物事を見ると、変えにくいものと、守るべきものが分かれてくる。

会社がすべてを説明してくれること。
評価が完全に納得できること。
全員が公平に感じること。
自分の事情が常に優先されること。

これらは、会社員としてある程度諦める必要があるかもしれない。

一方で、自分の生活を守ること。
健康を守ること。
説明を求めること。
選択肢を持つこと。
自分の人生の主体を手放さないこと。

これらは、諦めなくてよい。

次は、その線引きを見ていく。

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