会社員は、否定的に語られすぎている
会社員って結局つまらないのか。
サラリーマンは搾取されるだけなのか。
会社にいる限り自由はないのか。
それでも会社員を続ける意味はあるのか。
会社員でいることを、前向きに考えていいのか。
こう感じる人は少なくない。
会社員という生き方は、否定的に語られやすい。
自由がない。
搾取される。
つまらない。
挑戦していない。
会社に依存している。
独立できない人の選択。
上司に従うだけの働き方。
自分の人生を会社に預ける生き方。
こうした言葉は、世の中に多い。
もちろん、分かる部分はある。
会社員には制約がある。
評価される側である。
配置される側である。
上司を選べない。
異動を完全には選べない。
給与も自分だけでは決められない。
会社の制度の中で働く必要がある。
会社員を、完全に自由な働き方だとは言えない。
ただし、だからといって、会社員をつまらない生き方、搾取されるだけの立場、独立できない人の逃げ場として片づけるのは浅い。
会社員には、確かに制約がある。
しかし同時に、会社員だからこそ使えるものもある。
問題は、会社員という仕組みを知らないまま働いていることだ。
評価の構造を知らない。
契約関係を知らない。
責任の範囲を知らない。
会社との距離感を知らない。
制度やリソースの使い方を知らない。
知らないまま会社の中にいると、会社員は不利に見える。
しかし、構造を理解すると見え方は変わる。
会社員は、意外と悪くない。
ただし、会社員という立場を正しく理解すれば、だ。
会社員には、確かに制約がある
まず、会社員には制約がある。
ここを曖昧にしてはいけない。
会社員は、評価される側である。
自分では頑張ったつもりでも、会社の評価が上がるとは限らない。
努力がそのまま評価に反映されるわけではない。
成果、役割、期待、相対比較、原資、ポスト、上司の見え方、組織事情。
そうしたものが絡む。
だから、評価に納得できないことはある。
会社員は、配置される側でもある。
異動。
転勤。
部署変更。
担当変更。
上司の変更。
自分の希望が通ることもある。
しかし、会社の都合が優先されることもある。
人員不足、組織再編、欠員補充、育成、事業方針。
会社側の論理で配置が決まることはある。
会社員は、会社の制度の中にいる。
就業規則がある。
評価制度がある。
賃金制度がある。
労働時間管理がある。
休職制度がある。
決裁規程がある。
社内ルールがある。
制度は守ってくれるものでもある。
一方で、縛るものでもある。
給与も自由には決まらない。
自分がこれだけ成果を出したから、この金額にしてほしい。
そう簡単にはいかない。
賃金制度がある。
等級がある。
昇給ルールがある。
賞与原資がある。
評価との接続がある。
会社員の給与は、完全な市場価格だけで決まるわけではない。
上司も選べない。
相性のよい上司もいれば、合わない上司もいる。
説明がうまい上司もいれば、説明が足りない上司もいる。
部下をよく見る上司もいれば、あまり見ていない上司もいる。
それでも、基本的には会社が決めた組織の中で働く。
会社員に完全な自由はない。
この制約を見ないまま「会社員は最高だ」と言うのは違う。
会社員は万能ではない。
会社は親でも、友人でも、人生の保証人でもない。
会社員でいる限り、評価、配置、制度、責任から完全には自由になれない。
ここは冷静に見た方がよい。
しかし、会社員には強みもある
一方で、会社員には強みもある。
ここも冷静に見た方がよい。
まず、安定収入である。
毎月、一定の給与が入る。
これはかなり大きい。
独立や事業では、売上がなければ収入は入らない。
仕事を取れなければ収入は減る。
顧客が離れれば売上も落ちる。
資金繰りも自分で見る必要がある。
会社員は、その不安の多くを会社が引き受けている。
もちろん、会社員にも雇用不安はある。
業績悪化もある。
リストラもある。
給与が十分とは限らない。
それでも、毎月給与が入る仕組みは、かなり強い。
次に、社会保険がある。
健康保険。
厚生年金。
雇用保険。
労災保険。
これらは、会社員の大きな土台である。
普段は意識しにくい。
しかし、病気、ケガ、失業、老後を考えると、社会保険の存在は大きい。
会社員には信用もある。
住宅ローン。
賃貸契約。
クレジットカード。
各種審査。
家族や社会からの見え方。
会社に所属していることは、社会的な信用につながる。
会社の看板も使える。
一個人では会えない相手に会える。
一人では扱えない金額の仕事に関われる。
自分の名前だけでは通らない仕事も、会社名があるから進む。
顧客や取引先も、会社として対応してくれる。
これは大きなリソースである。
会社員は、大きな仕事に関わる機会もある。
組織の予算を使う。
複数部署を動かす。
顧客と取引する。
設備やシステムを使う。
会社の中でプロジェクトを進める。
個人では持てない規模の仕事に関われる。
組織のリソースも使える。
人。
情報。
設備。
システム。
研修。
過去の資料。
社内ネットワーク。
上司や同僚の知見。
これらは、会社の中にある資源である。
失敗から学べる余地もある。
もちろん、会社での失敗には責任がある。
何をしても許されるわけではない。
ミスを軽く見てよいわけでもない。
ただ、個人事業や経営者としての失敗に比べると、会社の中で学べる余地はある。
会社の仕組みの中で経験できる。
上司や関係部署に相談できる。
組織としてリカバリーできることもある。
一人では得られない経験もある。
上司との関係。
部下や後輩との関係。
部署間調整。
評価。
異動。
会議。
稟議。
予算。
制度。
労務。
コンプライアンス。
現場と本社のズレ。
これらは、会社にいるから見えるものでもある。
会社員は制約のある立場である。
しかし、使えるものも多い。
ここを見落とすと、会社員という立場を過小評価することになる。
問題は、会社員という仕組みを知らないこと
会社員がつらくなる理由の一つは、会社員という仕組みを知らないまま働いていることにある。
評価が人格を測るものだと思っている。
だから、評価が低いと自分全部を否定されたように感じる。
しかし、評価は人格ではない。
会社の中での役割、成果、期待、比較、配置の情報でもある。
契約関係を知らない。
だから、会社が冷たいと感じる。
休みや給与や異動を、感情の問題として受け取りやすくなる。
しかし、会社員は会社と契約して働いている。
労務を提供し、給与を受け取る立場である。
会社と個人は、完全に対等ではないが、何でも会社に従うだけの関係でもない。
責任の範囲を知らない。
だから、何でも自分が背負わなければならないと思う。
責任感の強い人ほど、会社や上司が判断すべきことまで抱え込む。
しかし、責任には種類がある。
契約上の責任。
職位上の責任。
期待役割。
広義の会社員としての責任。
自分が勝手に背負っている責任。
これらは分けた方がよい。
会社との距離感を知らない。
だから、会社に期待しすぎる。
または、会社を敵視しすぎる。
会社に近づきすぎると、評価や異動で傷つきやすい。
会社を敵視しすぎると、働き続けることそのものがつらくなる。
必要なのは、会社に依存しないこと。
会社を敵視しないこと。
使えるものは使うこと。
制度を知らない。
だから、本来使えるものを使えない。
休み、労働時間、評価、異動、相談窓口、研修、福利厚生、社内公募、育児・介護制度。
会社には使える制度がある。
もちろん、制度が完璧に運用されるわけではない。
制度があっても使いにくいことはある。
それでも、知らなければ使えない。
会社員が不利に見えるのは、会社員という仕組みを知らないからでもある。
知らないまま働くと、会社の判断に振り回される。
評価に傷つく。
異動に動揺する。
責任を背負いすぎる。
不公平感に飲み込まれる。
会社に期待しすぎる。
会社を嫌いになりすぎる。
構造を理解すると、自分の立ち位置が見える。
何に傷ついているのか。
何が会社の都合なのか。
何が自分の責任なのか。
何は上司や会社に確認すべきなのか。
何は諦め、何は諦めなくてよいのか。
ここが見えるだけで、会社員生活のつらさは変わる。
会社員は、弱者で終わる必要はない
会社員は、評価される側である。
配置される側である。
制度の中で働く側である。
この意味では、会社員は会社に対して完全に自由ではない。
しかし、それだけで会社員を弱者として見る必要はない。
会社員には現場情報がある。
実際に仕事をしている人にしか分からない情報がある。
顧客の反応。
現場の負荷。
業務の詰まり。
制度の運用上のズレ。
部署間の摩擦。
上司が見えていない小さな問題。
これらは、現場にいる会社員が持っている情報である。
この情報を整理できれば、会社の中で価値になる。
会社員は、会社のリソースも使える。
自分一人ではできない仕事でも、会社の人、設備、情報、信用を使えばできることがある。
会議に出る。
稟議を書く。
他部署と調整する。
データを見る。
制度を使う。
上司に相談する。
会社の看板で社外と関わる。
これらは、会社員だから使える経路である。
会社員は、制度にも守られている。
労働時間。
休暇。
社会保険。
安全衛生。
ハラスメント対応。
育児・介護制度。
労災。
雇用保険。
制度は制約であると同時に、防具でもある。
制度を知らなければ、防具として使えない。
しかし、知っていれば自分を守る材料になる。
会社員は、選択肢も持てる。
今の会社に残る。
異動を希望する。
昇進を受ける。
昇進を保留する。
専門性を高める。
転職を考える。
副業を試す。
資格や学習で材料を増やす。
すべてをすぐに実行する必要はない。
ただ、選択肢を持つことはできる。
会社員は、会社に雇われている立場である。
しかし、何も考えずに従うだけの存在ではない。
構造を理解すれば、自分の立ち位置が見える。
立ち位置が見えれば、取れる行動も見える。
会社員は、弱者で終わる必要はない。
会社員という立場を使うことはできる。
会社員として誇れるかどうかは、自分で決めていい
会社員であることに、無理に誇りを持つ必要はない。
会社員は素晴らしい。
組織に尽くすべきだ。
会社のために働くことこそ正しい。
安定した会社にいることが一番だ。
そういう話ではない。
会社員を美化する必要はない。
一方で、会社員であることを自虐する必要もない。
どうせサラリーマンだから。
会社に使われているだけだから。
自分には独立する力がないから。
会社にしがみついているだけだから。
何者にもなれないから会社員をしている。
そこまで自分を下げる必要はない。
会社員という生き方には、制約がある。
同時に、価値もある。
会社員として働くことで、生活を支えている。
家族を支えている。
社会の一部を担っている。
顧客や取引先と関わっている。
組織の中で役割を果たしている。
誰かの仕事を支えている。
それは、十分に意味のあることだ。
ただし、誇りは押しつけられるものではない。
会社が言う誇り。
上司が言う誇り。
世間が言う誇り。
家族が期待する安定。
それらをそのまま受け取る必要はない。
会社員として働く意味は、自分で定義してよい。
生活を守るため。
経験を積むため。
家族を支えるため。
社会保険や信用を使うため。
大きな仕事に関わるため。
将来の選択肢を作るため。
副業や学び直しの土台にするため。
理由は一つでなくてよい。
会社員として働くことを、立派な物語にする必要はない。
ただ、自虐する必要もない。
自分にとって会社員という立場をどう使うか。
そこを自分で決めればよい。
会社員は意外と悪くない
会社員は、意外と悪くない。
この「意外と」は大事である。
会社員は最高だ、という意味ではない。
会社にいれば安心だ、という意味でもない。
転職や独立より会社員が上だ、という意味でもない。
思っているより悪くない、という意味である。
会社員は、完全に自由ではない。
評価される側である。
配置される側である。
会社の制度の中にいる。
給与は自由に決まらない。
異動や上司も選べない。
会社の方針にも影響を受ける。
だから、会社員を無条件に美化することはできない。
しかし、会社員には強みもある。
安定収入。
社会保険。
信用。
会社の看板。
大きな仕事に関われること。
組織のリソース。
失敗から学べる余地。
一人では得られない経験。
これらは、会社員という立場が持っている現実的な強みである。
問題は、会社員という仕組みを知らないまま働くことだ。
評価を人格と結びつけすぎる。
会社に期待しすぎる。
会社を敵視しすぎる。
責任を背負いすぎる。
フェアを平等と混同する。
諦めるべきことと、諦めなくていいことを分けられない。
そうなると、会社員生活は必要以上につらくなる。
会社員は、意外と悪くない。
ただし、会社を理解する必要がある。
会社に依存しない。
会社を敵視しない。
会社を正しく使う。
この三つがあると、会社員という立場は見え方が変わる。
会社は人生の全部ではない。
しかし、使える場ではある。
会社は親ではない。
しかし、経験を積める場所ではある。
会社は完全に公平ではない。
しかし、制度や信用やリソースを持っている。
会社員は自由ではない。
しかし、何もできない立場でもない。
この現実をそのまま見る。
会社員は、意外と悪くない。
これは、会社員礼賛ではない。
会社という構造を理解し、距離感を取り、責任とフェアを見極め、諦めるものと諦めないものを分けたうえでの結論である。
次の記事では、この結論をさらに実践に寄せる。
会社員をどう使うか。
会社に使われるだけではなく、会社員という立場を自分の人生の材料にするにはどう考えればよいか。
そこを扱う。


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