「結局、誰かが上がれば、誰かが落ちるだけだろ」
「結局、誰かが上がれば、誰かが落ちるだけだろ」
評価の話になると、こういう諦めに近い声が出てくる。
「全員頑張ってるのに、なんで差がつくんだよ」
「去年より良くなってるのに、評価は変わらない」
努力している。成果も出している。
それでも評価が上がらない。
このとき多くの人は、こう考える。
「評価がおかしいのではないか」
だが、この違和感の原因は別にある。
これは断定ではないが、
評価は構造的に「取り合い」になるように作られている、
と考えると辻褄が合う。
評価制度の仕組み
①-1で整理した通り、評価は「機能」を見ている。
だが、それだけでは足りない。
評価を理解するには、もう一つの前提がある。
それが、
評価は「配分」であるという事実だ。
■評価は「席の数」で決まる
多くの企業では、評価にはあらかじめ枠がある。
上位評価は一定割合
中位が大多数
下位も一定数
この時点で、評価は
「どれだけ成果を出したか」ではなく
「どの位置に入るか」
という問題に変わる。
ここで重要なのは、
全員がどれだけ頑張っても、
上位評価の数は増えないという点だ。
■なぜ枠が必要なのか
理由は単純だ。
評価はそのまま、
昇給
賞与
昇格
に直結する。
つまり評価とは、
限られた人件費をどう配るか
という問題でもある。
もし全員を高評価にすると、
人件費が膨らむ
昇格ポストが足りなくなる
評価そのものが意味を失う
だから企業は、
評価に「席の数」を設定する。
■なぜ「椅子取りゲーム」になるのか
ここまでを踏まえると構造はシンプルだ。
評価には枠がある
枠は増えない
その中に入る必要がある
つまり、
結果として、
誰かが上がれば、誰かが外れる形になりやすい。
これが、評価が「椅子取りゲーム」に見える理由だ。
さらに厄介なのは、
このゲームが相対評価であることだ。
例えば、
自分の成果が上がった
だが周囲はそれ以上に上がった
この場合、評価は上がらない。
逆に、
自分の成果は変わらない
周囲が下がった
この場合、評価は上がることもある。
つまり評価は、
絶対的な成果ではなく、相対的な位置で決まる。
■「頑張っても意味がない」と感じる理由
ここで、多くの人が感じる違和感が説明できる。
去年より頑張っているのに評価が変わらない
成果を出しているのに報われない
これはおかしいのではなく、
構造としてそうなっている。
評価は、
個人の成長
ではなく
組織内の順位
を決める仕組みだからだ。
では、この構造の中でどう考えるべきか。
■評価は「競争」であると理解する
まず前提として、
評価は競争である。
ただし、
明確なルールが見えにくい
コントロールできない要素が多い
という性質を持つ競争だ。
■個人でコントロールできない領域がある
どれだけ努力しても、
他人の成果
配分枠
組織事情
これらは変えられない。
つまり評価には、
自分では動かせない領域が必ず含まれる。
■評価を「絶対的な結果」として扱わない
評価を
自分の価値
努力の正当な証明
として扱うと、必ず苦しくなる。
評価はあくまで、
限られた席の中で決まった順位
それ以上でも、それ以下でもない。
納得する必要はない。
ただ、
評価には枠がある
その中で配分される
この事実を理解しておくだけで、
「なぜこうなるのか分からない」という消耗は減る。
次の疑問
ここまで理解すると、次の疑問が出てくる。
「では、その枠の中で評価はどう決まるのか」
実際には、
評価はさらに“調整”される。
👉 次の記事
①-3 評価はなぜ“調整”されるのか(会社が言わない残酷な算数)
ここを理解しないと、
評価の仕組みは最後まで見えない。
次回予告
ここまでは一つの見方に過ぎない。
もしこの前提が正しいとすると、
次に気になるのは「なぜ評価がズレるのか」になる。
①-3 評価はなぜ“調整”されるのか(会社が言わない残酷な算数)


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