会社と対等ではないことは、みんな何となく分かっている
会社員として働いていれば、誰でも一度は感じるはずだ。
会社と自分は、対等ではない。
評価するのは会社だ。
異動を決めるのも会社だ。
給与を決めるのも会社だ。
仕事を割り振るのも会社だ。
就業規則を作っているのも会社だ。
もちろん、社員にも意見はある。
納得できないこともある。
説明してほしいこともある。
配慮してほしい事情もある。
おかしいと思う制度運用もある。
ただ、それでも最後に決める力を持っているのは、多くの場合、会社側だ。
だから会社員は、どこかで分かっている。
自分と会社は、同じ力を持っていない。
完全に対等な関係ではない。
この感覚は、間違っていない。
ただし、ここで止まると苦しくなる。
「会社の方が強い」
「社員は弱い」
「どうせ会社には勝てない」
こうした感情だけが残るからだ。
大事なのは、対等ではないことを嘆くことではない。
なぜ対等ではないのかを、構造として理解することだ。
「対等ではない」の中身が分からない
会社と会社員が対等ではない。
これは多くの人が何となく分かっている。
しかし、その中身を正確に説明できる人は意外と少ない。
会社が偉いから。
社員は雇われているから。
給料をもらっているから。
逆らうと評価が下がるから。
辞めさせられるかもしれないから。
こうした感覚はある。
しかし、これだけでは構造の理解にはならない。
対等ではない理由は、単に会社が偉いからではない。
会社には、仕事を命じる力がある。
配置を決める力がある。
評価する力がある。
ルールを作り、運用する力がある。
賃金を支払う側としての力がある。
一方で、労働者は、その中で働く側だ。
会社の指揮命令を受ける。
会社のルールの中で働く。
評価される。
配置される。
賃金を受け取る。
ここに力の差がある。
つまり、会社と労働者が対等ではないのは、気分の問題ではない。
働き方の構造として、そうなっている。
会社には決める力がある
会社は、事業を運営するために多くの決定権を持っている。
誰にどの仕事を任せるか。
どの部署に配置するか。
どのように評価するか。
どのルールで働いてもらうか。
どの時間帯に働いてもらうか。
どの業務を優先するか。
こうしたことを会社は決める。
もちろん、何でも自由に決められるわけではない。
法律もある。
就業規則もある。
労働契約もある。
合理性や必要性も求められる。
ただ、日常の職場では、会社が決め、労働者がそれに従って動く場面が多い。
上司から業務を依頼される。
異動を命じられる。
勤務時間を管理される。
評価を受ける。
役割を変更される。
これが会社員という働き方の基本にある。
だから、会社員は完全に自由な立場ではない。
ここを曖昧にしたまま働くと、会社への期待と現実がズレる。
「もっと自分の希望が通るはずだ」
「納得できないことは拒否できるはずだ」
「対等に話し合えば、同じ重さで扱われるはずだ」
そう考えるほど、現実とのズレに苦しくなる。
労働者には従属性がある
会社員の立場を理解するうえで、重要な言葉がある。
従属性だ。
少し冷たい言葉に聞こえるかもしれない。
しかし、会社員という働き方を理解するうえでは避けて通れない。
会社員は、会社の指揮命令のもとで働く。
勤務時間がある。
勤務場所がある。
担当業務がある。
上司がいる。
就業規則がある。
評価制度がある。
つまり、自分の好きなときに、好きな場所で、好きな仕事だけをしているわけではない。
会社の仕組みの中に入り、その指示に従って働いている。
これが従属性だ。
この従属性があるから、会社員は会社と完全に対等ではない。
ただし、これは「会社員は何も言えない」という意味ではない。
会社の命令すべてに無条件で従わなければならない、という意味でもない。
従属性があるからこそ、会社には制限がある。
会社が強い立場に立ちやすいからこそ、労働者を守るルールが必要になる。
だから法律や制度がある
労働法や制度は、会社員を特別扱いするためにあるわけではない。
会社と労働者の力の差を前提に、最低限のバランスを取るためにある。
労働時間には上限がある。
残業代のルールがある。
有給休暇の制度がある。
解雇には制限がある。
最低賃金がある。
安全衛生のルールがある。
これらは、会社と労働者が完全に対等ではないことを前提にしている。
もし本当に同じ力を持っているなら、ここまで細かい保護は必要ない。
会社側が強くなりやすい。
労働者側が不利になりやすい。
だから、制度がある。
この理解はかなり重要だ。
制度は、会社を攻撃するための武器ではない。
自分の立ち位置を理解し、不利になりすぎないための基準だ。
「対等ではない」と知ることは、あきらめではない
会社と労働者は対等ではない。
この言葉だけを見ると、暗く感じるかもしれない。
しかし、これはあきらめるための話ではない。
むしろ、現実的に動くための前提だ。
会社が持っている力を知る。
自分が置かれている立場を知る。
何が会社の権限なのかを知る。
何が労働者の権利なのかを知る。
どこまで従う必要があり、どこから確認すべきかを知る。
これができるようになる。
対等ではないことを知らないと、会社に期待しすぎる。
逆に、対等ではないことを感情だけで受け止めると、会社を敵視しすぎる。
どちらも消耗する。
必要なのは、会社を信じすぎることでも、疑い続けることでもない。
構造として見ることだ。
会社には決める力がある。
労働者には従属性がある。
だから、制度がある。
この順番で理解する。
現実的な着地
会社と会社員は、完全に対等ではない。
これは、会社が偉いという話ではない。
社員が弱いだけという話でもない。
会社が悪いという話でもない。
会社には、事業を運営するための決定権がある。
労働者には、会社の指揮命令のもとで働く従属性がある。
その力の差を前提に、法律や制度が存在している。
ここを理解すると、会社との向き合い方が変わる。
感情だけでぶつからない。
会社の言うことを丸ごと信じない。
ただ反発するだけでも終わらない。
制度の言葉で確認する。
記録に残す。
必要なときに相談する。
会社員として大事なのは、会社に勝つことではない。
自分の立ち位置を理解し、不利になりすぎないように動くことだ。
対等ではないからこそ、構造を知る意味がある。
次に見るのは「給与」の仕組み
次回は、給与について扱う。
会社員の給与は、なぜ「成果」ではなく「時間」を軸に決まるのか。
頑張ったかどうか。
成果を出したかどうか。
会社に貢献したかどうか。
これらはもちろん無関係ではない。
ただし、会社員の給与を理解するうえで、まず見るべきものは「時間」だ。
ここを理解すると、残業代、基本給、評価、成果の見え方が変わる。


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