③-7「働かないおじさん」はなぜ生まれるのか。個人攻撃ではなく構造で見る

実践編「構造の理解」

職場に、いわゆる「働かないおじさん」と呼ばれる人がいる。

給料は高いのに動かない。
責任を取らない。
面倒な仕事は若手や中堅に流れる。
変化を嫌がる。
新しいことを覚えようとしない。
でも、本人は悪気がなさそうに見える。

こういう人を見ると、苛立つ。

なぜ自分たちばかりが動くのか。
なぜあの人は守られているのか。
なぜ会社は何もしないのか。
あの給料であの働き方は不公平ではないか。

そう感じるのは自然である。

特に、現場で手を動かしている若手や中堅から見れば、不公平に見える。仕事量も責任も自分たちに寄っているのに、年齢や過去の経歴だけで守られているように見えるからだ。

ただし、「働かないおじさん」を悪口で終わらせても、自分には何も残らない。

あの人はダメだ。
やる気がない。
時代遅れだ。
会社のお荷物だ。

そう言って終わるのは簡単である。

しかし、そこで終わると、自分が将来そうならないための視点を持てない。

「働かないおじさん」は、単なる怠慢だけで生まれるわけではない。

役割、評価、期待、本人の自己認識、周囲からの見え方に複数のズレが重なった結果として生まれることがある。

だから、見るべきなのは個人攻撃ではない。

構造である。

その苛立ちは、かなり現実的である

まず確認しておきたいのは、職場の「働かないおじさん」に苛立つ感覚は、かなり現実的だということである。

読者の苛立ちを、単なる若手側の不満として片づけるべきではない。

実際に、仕事量の偏りは起きる。

本来は経験のある人が引き受けるべき調整や判断が、なぜか若手や中堅に流れてくる。面倒な資料作成、関係部署との調整、現場からの問い合わせ、細かい実務の後処理を、動ける人が抱えることになる。

評価への不公平感もある。

自分は目の前の仕事をこなし、ミスを防ぎ、期限を守り、関係者に頭を下げている。それなのに、動かない人が大きく評価を落としているようには見えない。むしろ、給与や等級は高いままに見える。

給与、年齢、役割への違和感もある。

年齢が上がれば給与が上がる。過去の制度や年功的な運用の中で、今の働きぶり以上に守られているように見える人もいる。その横で、若手や中堅が実務を支えていれば、不満が出るのは当然である。

特に中堅社員ほど、この負担を感じやすい。

若手ほど守られてはいない。管理職ほど権限もない。それでも実務では頼られ、上司からも現場からも仕事が来る。気づけば、動かない人の分まで仕事を受けている。

この状態で苛立たない方が難しい。

だから、まずその感情は否定しなくてよい。

働かないように見える人に対して、腹が立つ。納得できない。不公平だと感じる。

それは自然である。

ただし、その苛立ちを個人攻撃だけで終わらせると、構造が見えなくなる。

個人攻撃だけで終わると、何も得られない

もちろん、本人に問題がある場合はある。

新しいことを覚えようとしない。
責任ある仕事を避ける。
若手に仕事を押しつける。
過去の実績だけで居座る。
注意されても変わらない。
自分の役割を見直そうとしない。

こうした態度があれば、批判されても仕方ない。

周囲が不満を持つのは当然である。

ただ、それを性格や根性だけで説明すると、問題を見誤る。

「あの人は怠け者だ」
「あの人は責任感がない」
「あの人は時代遅れだ」

そう言いたくなる気持ちは分かる。

しかし、それだけでは、自分に使える学びにならない。

会社の中で人が「働いていない」と見られるとき、そこには複数のズレがある。

役割がズレている。
評価がズレている。
期待がズレている。
本人の自己認識がズレている。
周囲からの見え方がズレている。

このズレを見ないまま悪口で終わると、「自分はああならないように気をつけよう」という精神論で終わる。

しかし、精神論だけでは足りない。

必要なのは、自分も同じ構造に入り得ると理解することである。

「働かない」と見える複数のズレ

「働かないおじさん」と見える状態は、ひとつの原因だけで生まれるわけではない。

複数のズレが重なることで生まれる。

期待の過去と未来のズレ

まず、期待の過去と未来のズレがある。

昔は、その人に求められていた役割があった。

現場を知っている。
取引先を知っている。
社内の人脈がある。
経験で判断できる。
過去のトラブルを覚えている。

こうした価値が評価されていた時期がある。

しかし、会社の環境は変わる。

システムが変わる。
業務フローが変わる。
若手のスキルが変わる。
取引先の要求が変わる。
管理手法が変わる。
会社が求める役割も変わる。

昔求められた役割と、これから求められる役割は同じではない。

にもかかわらず、本人が過去の期待のまま働いていると、現在の会社や周囲の期待とズレる。

本人は、昔と同じように価値を出しているつもりでいる。

しかし周囲は、今求められている役割を果たしていないと感じる。

ここにズレが生まれる。

主観と客観のズレ

次に、主観と客観のズレがある。

本人は、自分なりに働いているつもりかもしれない。

相談に乗っている。
過去の経験を伝えている。
会議で意見を言っている。
トラブルを見守っている。
必要なときに助言している。

本人の主観では、貢献している。

しかし、周囲から見ると違うことがある。

手を動かしていない。
責任を取っていない。
結論を出していない。
昔話が多い。
結局、若手に仕事が流れている。

本人の主観と、周囲の客観がズレている。

ここが厄介である。

本人に悪気がない場合ほど、ズレは修正されにくい。

自分は貢献していると思っているから、周囲からどう見えているかに気づきにくい。

潜在価値と顕在価値のズレ

次に、潜在価値と顕在価値のズレがある。

働かないおじさんと見られている人でも、本当に価値がないとは限らない。

経験がある。
知識がある。
人脈がある。
過去の実績がある。
昔の成功体験がある。
会社の歴史を知っている。

これらは、潜在的には価値である。

問題は、それが今の業務で見える形になっているかどうかである。

経験があっても、若手支援に使われていない。
知識があっても、仕組み化されていない。
人脈があっても、部署間調整に活かされていない。
過去の実績があっても、現在の課題解決に接続されていない。
昔の成功体験が、今の環境に合わせて更新されていない。

この状態では、価値が周囲に見えない。

価値がないのではなく、価値が見える形になっていない。

これは重要である。

人は、持っているだけでは評価されない。会社の中では、今の仕事や組織課題に接続されて、初めて価値として見える。

世代感ギャップ

世代感のズレもある。

仕事観が違う。
責任感の表し方が違う。
報連相の感覚が違う。
ITやシステムへの慣れが違う。
働き方への考え方が違う。
上司と部下の距離感が違う。

昔は通用した言い方が、今は伝わりにくいことがある。

昔は当たり前だった根性論が、今は押しつけに見えることがある。

昔は評価された長時間労働が、今は効率の悪さに見えることがある。

逆に、若手や中堅側も、年齢を重ねた社員の経験や背景を十分に理解していないことがある。

世代感ギャップは、どちらか一方だけが悪いわけではない。

ただし、ズレがあることを自覚しないと、相互に不満だけが残る。

個人間の認識ギャップ

本人、上司、若手、現場で期待しているものが違うこともある。

本人は、相談役として貢献しているつもりでいる。

上司は、もっと実務を引き受けてほしいと思っている。

若手は、責任を取ってほしいと思っている。

現場は、判断を早くしてほしいと思っている。

それぞれの期待が違う。

にもかかわらず、その期待が言語化されていない。

すると、本人は自分の役割を誤解する。

周囲は、期待通りに動かない本人に不満を持つ。

この状態が続くと、「働かない」という評価だけが独り歩きする。

伝えると伝わるの差

最後に、伝えると伝わるの差がある。

本人は伝えたつもりでも、周囲には伝わっていないことがある。

「昔こういう失敗があった」
「このやり方は危ない」
「この人には先に根回しした方がいい」
「この取引先は注意した方がいい」

本人としては、経験を伝えているつもりかもしれない。

しかし、聞く側からすると、単なる昔話や否定に聞こえることがある。

逆に、周囲は本人に期待を伝えたつもりでも、本人には届いていないこともある。

「もっと動いてほしい」
「この仕事を引き受けてほしい」
「若手に任せるだけでなく、責任を持ってほしい」
「今の役割を変えてほしい」

こうした期待が曖昧なままだと、本人は何を変えればよいか分からない。

伝えることと、伝わることは違う。

この差が放置されると、ズレは大きくなる。

価値がないのではなく、見える形になっていないことがある

ここで大切なのは、「働かないおじさん」と見える人を、単純に価値がない人として扱わないことである。

もちろん、実際に努力を放棄している人もいる。

周囲に仕事を押しつけ、自分は変わろうとせず、責任も取らないなら、厳しく見られて当然である。

ただし、すべての人がそうとは限らない。

経験。
知識。
人脈。
過去の実績。
昔の成功体験。

こうしたものを持っている人もいる。

問題は、それが今の業務、組織課題、若手支援、仕組み化に接続されているかどうかである。

経験があるなら、若手が同じ失敗をしないように言語化する。
知識があるなら、属人化せずに仕組みに残す。
人脈があるなら、部署間調整に使う。
過去の実績があるなら、今の課題に応用する。
昔の成功体験があるなら、今の環境に合わせて更新する。

これができていれば、価値は見える。

逆に、持っているだけでは見えない。

会社の中では、価値は「今の仕事にどう効いているか」で見られる。

だから、価値がないのではなく、価値が見える形になっていないことがある。

ここを理解すると、「働かないおじさん」への見方も少し変わる。

単なる悪口ではなく、何が接続されていないのかを見ることができる。

そして同時に、自分自身にも問いが返ってくる。

自分の経験や知識は、今の仕事に見える形で接続されているか。

会社側にも責任がある

働かないおじさん問題は、本人だけの問題ではない。

会社側にも責任がある。

まず、役割再設計の不足である。

年齢や経験が上がった社員に、何を期待するのか。担当者として動くのか、管理職として育てるのか、専門職として知識を活かすのか、現場支援に回すのか。

ここが曖昧なまま放置されると、本人も周囲も困る。

次に、評価説明の不足である。

何が評価され、何が評価されていないのか。今後どのような役割を期待しているのか。今の働き方のどこがズレているのか。

これを伝えないまま、周囲だけが不満を持っている状態になると、本人は変わりようがない。

次に、配置転換の難しさである。

本来は別の部署や役割の方が活きる人もいる。しかし、会社の都合、ポストの不足、人間関係、過去の経緯によって、うまく動かせないことがある。

その結果、本人にも組織にも合わない場所に残り続ける。

また、管理職の説明力不足もある。

部下に何を期待しているのか。なぜその役割が必要なのか。どこを変えてほしいのか。どこは評価しているのか。

これを言語化できなければ、本人は自分の役割を更新しにくい。

ただし、会社だけが悪いわけではない。

本人が役割や自己認識を更新しなくてよいわけでもない。

管理職もまた、会社員の一人である。制度、配置、人員、評価、過去の経緯の中で動いている。全員に合った役割を用意できるわけではない。評価を思い通りに決められるわけでもない。異動や配置も自由にできるわけではない。

つまり、働かないおじさん問題は、本人の怠慢だけでも、管理職の力量だけでも、会社の制度だけでもない。

本人、上司、組織、評価、配置、役割設計が絡む問題である。

だからこそ、構造で見る必要がある。

自分にも起こり得る

「働かないおじさん」という言葉は、他人を批判するには使いやすい。

しかし、本当に見るべきなのは、自分にも同じことが起こり得るということである。

今は苛立つ側かもしれない。

仕事を抱え、実務を回し、責任を取り、動かない人に不満を持っている側かもしれない。

それでも、年齢を重ねれば立場は変わる。

成功体験ができる。
得意なやり方が固まる。
自分なりの仕事観ができる。
守りたいものが増える。
変化を面倒に感じる。
若手の感覚が分かりにくくなる。

そのとき、自分の役割や自己認識を更新できなければ、周囲から同じように見られる可能性がある。

自分では働いているつもりでも、周囲には見えない。

自分では伝えているつもりでも、若手には伝わっていない。

自分では経験を活かしているつもりでも、会社の現在の期待には接続されていない。

そういうことは起こり得る。

だから、働かないおじさん問題は、単なる他人の問題ではない。

会社員として年齢を重ねる全員に関係するテーマである。

自分の価値も、見える形にしなければ伝わらない。

経験があるだけでは足りない。
知識があるだけでは足りない。
過去に頑張っただけでは足りない。
昔評価されただけでは足りない。

今の仕事にどう効いているのか。
周囲にどう役立っているのか。
会社の期待にどう接続されているのか。

そこまで見える形にする必要がある。

まとめ:「働かないおじさん」は他人事ではない

働かないおじさんは、単なる他人の問題ではない。

もちろん、本人に問題がある場合はある。

新しいことを覚えない。
責任を避ける。
若手に押しつける。
過去の実績だけで居座る。
変わろうとしない。

そうした態度が批判されるのは当然である。

ただし、個人攻撃だけで終わると、構造が見えない。

働かないように見える背景には、複数のズレがある。

期待の過去と未来のズレ。
主観と客観のズレ。
潜在価値と顕在価値のズレ。
世代感ギャップ。
個人間の認識ギャップ。
伝えると伝わるの差。

これらが放置されると、本人は働いているつもりでも、周囲からは「働いていない」と見えることがある。

価値がないのではなく、価値が見える形になっていないこともある。

そして、その構造は自分にも起こり得る。

年齢を重ねれば、誰でも過去の成功体験を持つ。自分なりのやり方ができる。変化を面倒に感じることもある。若手からどう見えているか分かりにくくなる。

だから、働かないおじさんを見たときは、悪口で終わらせない方がよい。

なぜそう見えるのか。
どのズレが起きているのか。
価値が見える形になっているのか。
会社は役割を再設計できているのか。
本人は自己認識を更新できているのか。
自分も同じ構造に入り始めていないか。

ここまで見る。

シリーズ③では、現場で起きる問題を構造で見てきた。

初めて任された仕事。
関係者が増える仕事。
異動や転勤。
仕事のミス。
モチベーション低下。
そして、職場で感じる人物への苛立ち。

どれも、感情だけで処理すると苦しくなる。

構造で見ることで、何が起きているのかを整理しやすくなる。

次の記事では、自分が同じ構造に入らないために、会社員として自分の役割をどう更新していくかを考える。

「働かないおじさん」にならないために必要なのは、気合いや若さではない。

自分の価値を、今の会社や周囲に見える形で更新し続けることである。

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